石野卓球（以下、卓）：　このアルバム、2曲目の「ペルシアン・ブルース」のヴォーカルって誰なんですかね。

吉：　そのへんの資料がまだ届いてないから、全然わかんない。

卓：　ニッツァー・エブじゃないよね。

吉：　似てる気もするけど。

卓：　ニッツァー・エブかミート・ビート・マニフェストみたいな気がする。

吉：　ありえないことじゃないよ。この曲ってイギリスでシングルになるらしくて、そういうゲストがあってもおかしくない。

卓：　でも、資料がなくてデータ的なことをしゃべるのって不安ですよ。見当外れのことばっかしゃべって、全部的外れだったり(笑)。

吉：　これ見よがしにしゃべって(笑)。

卓：　でも、それはフォートラン5にも責任がある。ファーストのときから謎なグループじゃないですか。 ライナーなんかも謎だったし、あれってどう考えても資料が届いてないって感じだった(笑)。

吉：　そのへん、バンド側に意図的なものを感じるよね。正体を曖昧しておこうって決意なんじゃないかな。

卓：　なんか、フォートラン5の小説が出るって話もあった(笑)。

吉：　撹乱だろうなあ、それも。

卓：　うん。なんだかさっぱりわかんないバンドって印象がある。 でも、ダニエル・ミラーがやってるバンドだって情報はあるけど、それも未確認情報でしょ。

吉：　そういう噂を聞いたことがあるってだけだよね。

卓：　そうそう。で、同じようにダニエル・ミラーのバンドだって噂があったアイ・スタート・カウンティングは実はそうじゃなかったし。

吉：　あやしいよなあ、フォートラン5(笑)。

卓：　たしかに、ダニエル・ミラーがやってるのかなって思わせる部分ってのはちらほらと聞けるんだけど、なんかいまいち決め手に欠けるって感じ。

吉：　それと、なんといっても、フォートラン5ってこれまでのミュートの流れから外れるバンドって気がする。

卓：　そうそうそう。前のアルバムからのシングル・カットで、ジョーイ・ネグロがリミックスしたシングルが出てたでしょ。 あれとかって、まさにミュートらしからぬって感じじゃないですか。

吉：　そうだよねえ。

卓：　出方にしても、ブリープ・テクノの一派、みたいな出方でしょ。ミュートっぽくない。

吉：　それでいて記名性が希薄なバンドだから、なおのことわからなくなる。なんでこれがミュートなんだろうって。

卓：　そう。で、ねえ、このアルバムってニュー・ウェイヴっぽくないですか。 「ペルシアン・ブルース」なんてミート・ビート・マニフェストそのままって感じだし。 あと、なんといっても「レイラ」のカヴァー(笑)。

吉：　その後の曲には「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のギター・フレーズがでまくってるし(笑)。

卓：　そう。あれ、サンプリングなのかな。で、「レイラ」のカヴァーのしかたって、ニューウェイヴそのままじゃないですか。 ヴォーカルがメロディーを歌わないとか。フライング・リザーズみたいな。

吉：　ディーヴォの「サティスファクション」みたいな(笑)。

卓：　そう(笑)。なんかそのへんのとこも含めて、フォートラン5ってつきぬけ方が曖昧だって気がする。 ユーモアとかジョークっぽさみたいなのも感じるんだけど、かといってKLFみたいにつきぬけてるんでもないし、ストイックなバンドでもない。 ほんと、不思議なバンドですよね。

吉：　そう考えるとむかし、80年代の頭ぐらいに「謎のニュー・ウェイヴ・バンド登場！」ってコピーでよくこういう不思議なバンドがあった(笑)。

卓：　そういうのも実は日本のレコード会社に資料が届いてなかっただけなのかもしれないけど(笑)。

吉：　困ったね。

卓：　このアルバムに話を戻すと(笑)、今回のって、すごくファド・ガジェッツっぽくないですか。

吉：　ああ、ガジェッツ。

卓：　ハウスを経験したガジェッツを連想したんですよ。

吉：　それもたぶんニュー・ウェイヴっぽく聞こえる要素のひとつだと思うけど、あと、曲間に人の会話が入ったり、BGMとなることを拒否してるようにも思えるな。 あれ、なんだろう。

卓：　KLFやオルタネイトほど戦略的にやってるんじゃないようにも聞こえるし…。 ひょっとして、まるきりダニエル・ミラーの趣味で出してるバンドなのかな(笑)。そう考えると、なんかすごく納得できるけど(笑)。

吉：　正体や意図がわからないところが、おもしろさにもつながってるんだけどね。

卓：　バラエティ色が強いですよね。次から次へといろんなアイデアが出てくるし。あ、そうそう。 ダニエル・ミラーがやってるバンドなんじゃないかって思える裏づけに、サンプリングの元ネタがある。

吉：　ああ、ニューウェイヴな。

卓：　ファースト・アルバムのときのDAFのサンプリングとか、今回も「うわ。これ渋いネタ使ってるなあ」ってサンプリングが多い。 このアルバムって、基調はダンス・ミュージックなんだけど、トランス物もやったり、テクノっぽいのもやったり、 そうかと思うと歌モノがあったりで、そういうバラエティ色がニュー・ウェイヴっぽくしてるんじゃないかな。

吉：　あらゆるモノに手を出すって雑食性が。

卓：　そう。まったくの憶測なんですけど、ダニエル・ミラーのミュートって、D・モードやイレイジャーである程度の地位を築いたわけじゃないですか。 そうなるとミラーは、残った人生、これからは趣味に生きようってなって(笑)。 「よし、まず、おれの青春時代を取り戻そう！」と考えて、財力にモノをいわせてグレイ・エリアを作ったんですよ(笑)。 むかし愛聴してたCANとかスロッビング・グリッスルの権利を買ったり。

吉：　「CDで聞きた〜い！」って？(笑)。

卓：　そう(笑)。で、そうして「そろそろ自分のコレクション棚も揃った」し、こんどは趣味の音楽でもやってみようかと(笑)。 ダニエル・ミラーの老後の楽しみの一環としてフォートラン5を出してる(笑)。

吉：　ダニエル・ミラーも自分のとこのCDのライナーで、こんなこといわれるとは思ってもいないだろうなあ(笑)。

卓：　でも、ダニエル・ミラーかどうかはともかく、フォートラン5って音楽のルーツがハウスやテクノだけじゃないって感じでしょ。 それこそ前のアルバムのタイトルじゃないけど、ブルースっぽかったりカントリーっぽかったり。今度のアルバムでも「レイラ」でしょ。

吉：　ハウスのビートを使うのは手段でしかないって感じだよね。

卓：　だから最前線の音を作るんじゃなくて、趣味性を出してるバンド。 もしこれがミュートからじゃなくて、無名のレーベルから出たとして、なおかつたまたまこのバンドを自分で見つけたとしたら愛聴しちゃうでしょうね。 「自分だけの内緒のバンド」って感じで。とくに、前のアルバム『ブルース』以前のシングル、「ラヴ・ベイビー」とかって、もろテクノだったでしょ。 あれか出た当時って、ノーザン・テクノとか注目されてた頃で、そんなかのひとつのバンドかなって聞いてたから。 ああ、だけどなんなんだろうなあああああ、フォートラン5って(笑)。向こうの雑誌とかでも、全然、記事を見ないバンドだし。

吉：　実体を明らかにしないバンドだよねえ。

卓：　メンバーのクレジットすらしないんだもん。でも、そういう匿名性や雑食性っておもしろいんですけどね。 なんか、ハウス以降って、ダンス・ビートにストイックであらねばならないって風潮でしょ。 そういうことを全然まったく考えてないってのがいい。

吉：　ダンス・ミュージックだって自覚すらないのかもしれない。現在の音を作ってたら自然にハウスになったってだけで。

卓：　向こうではどういう層が聞くんだろう。D・モードのファンとは明らかにリンクしないでしょ。

吉：　12インチをいっぱい買ってるダンス・ミュージックのリスナーでもないような気がする。

卓：　そうそう。家でCDで聞くダンス・ミュージックって感じ。

吉：　思うに、イギリスの、ミュートのバンドのファンって、ダンス・ミュージックはあまり聞かないんじゃないかって気がするんだよ。 そういうミュートのファンに、ダンス・ミュージックの紹介をしてるバンドって感もある。

卓：　そういや、ミュートって、むかしはエレクトリック・ポップのレーベルって印象があったけど、いまはむしろニック・ケイヴやインスパイラル・カーペッツとか…。 ハウスが出てきたときにミュートってそっちのほうに流れていくかなって思ったけど、意外とハウスに冷ややかで。

吉：　後になってさすがにリズム・キングやノヴァ・ミュートみたいなダンス・ミュージックのレーベルを派生させたけど、 けっこうミュート・ファンはそういう最新のダンス物を聞かず嫌いなんじゃないかって思う。

卓：　それでフォートラン5を。 そうかノヴァじゃなくてミュート本体から出てるのが不思議だったけど、ミュートのバンドが好きな人にダンス・ミュージックをって意図があったのかも。

吉：　うん。だからミュートとノヴァをつなぐかけ橋って役割も、このフォートラン5にはあると思うな。